福島原発は再臨界の可能性も・・・

福島第一原発は再度核分裂連鎖反応を起こす可能性は否定できない。恐ろしい事だ。この事実を福島県や福島県が主催する廃炉連絡委員会?でも東電へ確認する必要がある。原子力規制庁でも議論も必須。

原発とコロナの二つの緊急事態宣言最中に東京オリンピック開催するという異常事態も狂気。この事実も東京オリンピック後には徐々に情報が出てくる事になるだろう。廃炉も30年や40年ではできない事を少しづつ小出しに出してくるだろう・・・もんじゅのように・・・

以下はある大学名誉教授のフェースブックから許可を取って掲載。

【天然原子炉】
1945年(昭和二十年) 8月 6日、東大理学部長の水島三一教授は黒田和夫(当時最年少の助教授27、後のアーカンソー大学教授)を呼びました。政府から、広島に落とされた「新型爆弾」の正体は何かとの問い合わせがあったとのことでした。黒田和夫は「それは原子爆弾です」と答えました。これが、日本政府が「それが原子爆弾であったこと」を知ったときです。
 1956年黒田和夫は、ウラン鉱床に水を供給すると、ウランは少しずつ水に溶け出し、沈澱堆積して濃縮され、水を中性子減速剤として核分裂連鎖反応を起こすと発表して、天然に原子炉が存在することを予言しました。

1972年にアフリカのガボン共和国オクロのウラン鉱床で黒田和夫の予言通り、天然原子炉の旧跡が「オクロの天然原子炉」として発見されました。「オクロの天然原子炉」は、20億年ほど前に百万年間にわたって核分裂連鎖反応が起きていたことが分かっています。
福島原子力発電所でメルトダウンした膨大な量の核燃料に水を供給して冷却し続けると、ウランは何十年か何百年かかけて少しずつ水に溶け出し、沈澱堆積して濃縮され、水を中性子減速剤として核分裂連鎖反応を起こす恐れがありそうです。

理化学研究所が原子爆弾として「仁科原爆」を解発していました。1945年8月14日(終戦の前日)に何者かがその開発の全資料を東大理学部の黒田和夫の研究室に運びこみました。それはウランの二つのかたまりを水中で近づけて核分裂連鎖反応を起こさせるもので、現在の原子炉と同じでした。「仁科原爆」は 1991年に「原子爆弾とはいえない」としてアメリカ公文書館からその全資料が公開されました。
純粋なウラン235は22キログラムの球体になった瞬間に爆発します。これが広島に落とされた原子爆弾の原理です。また、純粋なプルトニウム239は5キログラムの球体になった瞬間に爆発します。これが長崎に落とされた原子爆弾の原理です。当時日本人は知りませんでした。

【上記に対する小生からの質問】
この事実を東電や経産省、JAEAは知っているのでしょうか?福島第一原発の今後の予測は如何お考えでしょうか?廃炉にはデプリ取り出ししか解決策は無いという事でしょうか?また周辺住民の帰還をどうお考えですか?

【名誉教授からの回答】
この事実を東電や経産省、JAEAは当然知っているでしょう。進んで公表しないだけです。百年後に建屋内と原子炉内の放射能は 10分の1になり、二百年後に 100分の1となるでしょう。その頃は、ICチップが放射能で破壊されることが少なくなり、送り込まれたロボットは帰還できる可能性があると期待できます。デブリを取り出せるのはそのころでしょう。そのことも進んで公表されていません。

福島の年 20ミリシーベルトの地域も、100年後に放射能は 10分の1(年 2ミリシーベルト)になり、200年後に 100分の1(年 0.2ミリシーベルト。これに自然放射能の年 1ミリシーベルトを加えて年 1.2ミリシーベルト)となるでしょう。そのころは住民は帰還できると私は思います。
1~3号機から環境に漏れ出た放射能は広島原爆の 168倍です(日本政府が 2011年8月に IAEAに報告した値)。これはまだ全体の 1~2パーセントです。2011年までに生成されていた放射能のほとんどはまだ 1~3号機の中にあります。

溶け落ちたウラン235の半量は未使用の核燃料ですから、新たな核分裂反応を起こす可能性は1,000年後も10,000年後もあります。原子炉が地盤の液状化で傾いたり、偶発的な核分裂連鎖反応で老朽化した炉が破裂したりすると、首都圏を含む関東地方から東北地方まで居住できない地域となる可能性はデブリを取り出さない限りいつ何時も残っています。そのことも進んで公表されていないだけです。












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