第五福竜丸事故時の死因が肝がんだとする記述への反論

【第五福竜丸事故時の死因が肝がんとする記述への反論】    

第五福竜丸船員の死因が放射能被ばくでは肝がんだったという記述があるNPOのHPに掲載されている。その記述についての異論をまとめたので、記憶と記録の為にここに掲載しておく。

放射能被ばくがありながら、被ばくが無かった事にしては、亡くなった人が浮かばれない。まさに、科学・医学が政治の影響を受けてはますます信頼を失っている。広島、長崎、ビキニ、福島で放射能の影響を少なく見せようと躍起になっているIAEA、ICRP、国連科学委員会、WHO、日本政府、放影研、放医研、福島医大等の信頼が損なわれている。


他の血清検査(GOT,GPT等)もせず、白血球数の推移だけで、死因が放射能の影響ではなく肝臓障害であったと断定する事には無理がある。放医研の報告書も時期とともに変わっていく。従い、ここでは放射能の影響は無かったと科学的・医学的に断言する事は如何なものかと思います。放医研は文科省の傘下にあり、アメリカが『放射線の影響を否定』した事を政治決着させる為に、放医研としてもアメリカに追随する必要があったのでないかとの疑問も感じる。(放医研や福島医大の結論を鵜呑みにする事は危険。)

この問題の結論は科学的な検証よりも、政治的な匂いがするもので、まさに広島や長崎で起きている原爆被爆と福島で起きている甲状腺がんの原因を放射線の影響を少なく見せようとする体制側の思惑が働いているものに通ずるもの。


その理由は以下の通り。


1.肝臓障害とする根拠として、(輸血した後に)白血球数が上昇した後、70日後に一時的に下降に転じたデータを示し血清肝炎だとていますが、その後白血球数がどのように推移したのかがまったく示されていず、この一時的な白血球だけの下降を持って、血清肝炎だとは言い難い。なぜ肝臓障害と言えるかの説明がまったくなく、病因を特定するには、他の血液(血清)検査(特にGOTとGPT)が欠かせないはず。その血液(血清)検査結果がどこにもない。肝臓障害と断定できる根拠はまったくない。なぜ70日以降の白血球のデータ推移と他の血清検査のデータがないか?(都合の良いデータのみ掲載していると疑われる)

2.放医研の市民講座の開催報告書によると「ビキニ環礁における第五福竜丸乗組員の被ばくは、広島と長崎における原子爆弾による被ばくとは異なり純粋に放射線によるものであり、熱や爆風による影響はない。また肝臓障害についても放射線被ばくによる免疫機能の低下による影響は不明であるが、第一義的には輸血が原因として考えられる事などを、市民講座として伝えることが出来たことは大きな意味を持つと思う。」と何らその科学的根拠を示さずに断言するのは、何らかのバイアスがかかっているようにも感ずる。明確に放射線被ばくによる免疫機能低下が一義的な原因であるとも受け取れる。

3.死因が仮に肝臓障害だとして、(受け入れには更なる検証・確証が必要)、肝臓障害がたまたま先に生命を失わせた要因になったとしても、放射線の影響が無かったという結論にはならいでしょう。最初の原因は放射線被ばくであり、輸血にC型肝炎ウェルスが無かったとしても、被ばくによって死に至った可能性を否定する事はできない。また死に至らなくとも生涯がんへの恐怖や他の疾患でQOLが下がっていた事でしょう。放射能被ばくによって死に至らなくともQOLが低下し、精神的ストレスを招く事が問題。

広島・長崎の被爆者をみていると十年後、数十年後に亡くなり、被ばく2世、3世の一部には今でも健康障害を生じており、今でもその障害で苦しんでいます。これらの被曝2世の一部の人に対しても政府は放射能被ばくが原因である事を認めて補償しています。

3.以下の証言例の報告があります。(メディアや著書記事含む)

3-1.
熊取氏は、三月末に入院した久保山愛吉さんの主治医だった。久保山さんの被曝(ばく)線量は、推定で五シーベルト。四シーベルトで「浴びた半数が死亡する」とされる。
熊取氏は、久保山さんの死因を「放射能症」と断定した。ただ死因については、米国から「ウイルスに汚染された輸血による肝炎」との指摘もあったが、被ばくによって引き起こされた可能性を高くみた、という。
熊取氏は「米国への対抗心や時勢で、放射能の影響を強く押し出しすぎたかな、とも思う。でも被ばくしなければ、あんなに悪化しなかったはずだ」と振り返る。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/abom/00abom/ningen/000426.html

3-2.
『放医研で被ばく医療部長を務める明石真言医師(49)は「総合的に考えると、感染と被曝は一体と言わざるを得ない」と語る。感染と被曝は直接は結びつかないが、被曝治療に不可欠の大量輸血が、その橋渡しをした。明石医師は「肝炎は事件の一環として起きた」とみる。』と答えている。
http://www.shizumin.com/kitahama-machi040305.html

3-3.
1954年水爆実験ブラボーが行われ、近くで操業していた日本の乗組員23人が被爆した。1954年の1月、静岡県の焼津港を出港した第五福竜丸は延縄漁を行っていた。3月1日投縄開始、東経166度51分、北緯11度53分と漁労日誌に記録が残っている。核実験場であることは知っていたが、米軍が発表していた危険区域の外だったので問題ないと考えていた。
現地時間の午前6時45分、第五福竜丸は不思議な光に包まれた。そのとき乗組員の1人が「太陽が西から昇ったぞ」と叫んだという。光が薄れるにつれ、やがて巨大なキノコ雲が出現した。

キノコ雲は34000m上がって真っ赤に焼けていたという。その後天候が急変、雨と共に白い粉が降り始めた。所謂「死の灰」である。当直日誌には「2時間後には爆発灰 多数の落下を見る」と記されている。乗組員たちは身の危険を感じてただちにあげ縄を開始、この海域からの脱出を計ったが、その日の夕方に頭痛とか吐き気がしたと話した。頭の毛が抜けたり顔が黒く焼けたり、皮がむけるという症状もあったという。2日後に読売新聞で船員たちの被ばくが報じられた。調査結果では、船から自然界の約5000倍の濃度の放射性物質が検出された。

この放射性物質からは27種類の核分裂生成物が検出された。乗組員は23人全員が急性放射能症と診断され病院に収容された。放射能が最も残留していたのは頭髪で、肌も黒く焼けただれたようになった。
さらに水揚げされたマグロからも高濃度の放射性物質が検出された。1954年10月の国家安全保障会議報告書ではアメリカ側の狼狽ぶりが示されており、日本への情報工作の強化が必要との記載もある。アメリカ側は、放射能ではなく飛び散ったサンゴの化学作用によるものとせよ、という指令も出している。第五福竜丸の元無線長は1ヶ月後死去。人類初の水爆犠牲者となった。全臓器から放射性物質が検出されたという。

死因について日本側は急性放射能症と発表したが、アメリカ側は輸血治療による肝炎であると主張。水爆実験との因果関係を認めようとしなかった。
https://kakaku.com/tv/channel=10/programID=5483/page=18/

3-4
元原子力委員会副委員長(現在は長崎大学教授)の鈴木達治郎さんの著書『核兵器と原発』では以下のような記載があります。
『第五福竜丸船員の死因については、当時日本ではこの事件をきっかけに反核運動が始まり、これに対して原子力のイメージ悪化や事故の影響を最小限に抑えたい米国は、日本政府と被ばく者の補償交渉を急ぐととともに、久保氏の直接の死因を「重度の肝機能障害」である発表。「放射線障害による死亡」という日本医師団の判断を今でも否定している。』とある。















                       

"第五福竜丸事故時の死因が肝がんだとする記述への反論" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント