ICRP勧告は憲法違反

琉球大学名誉教授の矢ヶ﨑克馬さんの論考(拡散自由)を掲載する。(一部削除)

2020年の新勧告のICRP146の特徴として以下を述べています。
ICRP Publication 146はICRP2007勧告(同103)を基本にしながら、福一事故後の諸対応を総括し、より事故時に対応しやすくしているのが特徴です。例えば、2007勧告では緊急時に参考レベルを「20mSv~100mSvの範囲で選択」となっていたところ、さらに低い参考レベルを選択する可能性を言及し、より低い事故レベルの事故に対応させようとしていますが、対象とされる線量自体が大きな値を持つものです。
2007勧告では、職業被曝―作業者、公衆等と分類していたモノを「対応者」―オンサイト、オフサイト、公衆等と分類を再編しし、それにより対応者―オンサイトには、より高線量(100mSv)を容認する道を開いています。この「対応者だから高線量まで良い」という考えは典型的な憲法違反です。その様に高線量被曝を必然化しないとやっていけない産業そのものは存在を許してはならないのです。

公衆には、年間1mSv の被曝基準を永久のかなたに追いやる100mSvを緊急被曝状態での参考レベルとし、長期の努力目標とし、1mSv~20mSvの間で決めるように勧めています。「長期段階」で「1~20mSvのバンドの下端に向かって徐々に被曝線量を減らし・・」の表現は、期限も切らずに20mSvをあたかも低い線量であるかのように取り扱い、永久に1mSv以上の高線量に住み続けても何の問題も無いという設定です。住民被曝に何の責任感も無い線量既定です。


   ---以下転載ーーー

新しいICRPの勧告が出されました。
福島原発事故後やがて10周年を迎えます。チェルノブイリ事故後10年目でIAEA(国際原子力機関)の「チェルノブイリ事故後10年」の会議が開かれ、住民防護の基準の見直し(切り捨て)が提起され、ICRP2007年勧告でその基準の具体化がなされました。今回は福島事故後10年に当たる国際原子力ロビーの「原発維持施策の強化」の年です。

日本の放射線規制に関する法律はほぼICRP2007以前のモノで、公衆に対する規制は年間1ミリシーベルトのままです。ところが実態は「原子力緊急事態宣言」により、年間(あるいは緊急線量が)20ミリシーベルトとされているのが現状です。ICRP2007年勧告に全面的に従ったものです。今回のICRP文書は2007年勧告をさらに充実(被曝強要)させるものです。新しいICRP勧告に基づいて日本の関連法令が改訂される危険が切迫しております。

ICRPの掲げる理念および方法は日本国憲法に違反します。憲法に違反するICRP勧告の法令化が今後絶対無いように、私たちは力を合わせなければなりません。

以下、ICRPを採用してはならない理由を説明いたします。

§1 ICRPの理念・方針は日本国憲法違反

(1)政府施策―フロンガス禁止、コロナ防止等と被曝被害への対応は真逆初めに指摘しておかなければなりません。
①フロンガス
2001年にはオゾン層を破壊するフロンガスが禁止されました。オゾン層が破壊されると紫外線が増えがんなどが多発します。環境および健康破壊の原因物質であるフロンガスを世界的に禁止したのです。フロンガスにはエアコン、冷蔵・冷凍庫の冷媒や、建物の断熱材、スプレーの噴射剤など「公益」があったのですが、明確に有害作用原因として取り除かれたのです。フロンガス禍に対しては「人類の英知」を持って禍根を断ったのです。

②コロナ禍
コロナ禍では仮にも「感染防止」が基本でありその建前が歪んだことはありません。たとえ経済優先の政策であってもこの建前は掲げ続けます。

③原発・原爆による被曝
ところが放射線被曝に関しては180度向きが違います。被曝防止の住民保護の法令基準値が20倍に跳ね上げられ、チェルノブイリ法では住むことも生産することも禁じられた汚染地で100万人を上回る住民が生産を余儀なくされました。それが「食べて応援」と全国に被曝が拡散されました。安倍前首相は「健康被害は過去にも現在も、これからも、一切ありません」と放射線被曝を防ぐどころか「放射線被曝を問題とせず」を宣言しています。セシウム137量で広島原爆の168倍(実際は400倍程度)と膨大な放射能量を認識しながらその様に宣言したのです。

④無くても凌げるのに「原発廃絶」は選択肢に無いまた、日本の電力事情は原発なしでもしのげることが証明されました。しかし、福島巨大事故後廃炉も見通しの付かないお手上げ状態なのに「原発再稼働」が罷り通っています。この違いはどこから来ているのでしょう。

⑤国家目的のための住民の被曝被害無視
原発は核兵器製造の補完物です。日本政府は米核戦略「核の傘」の中で、核兵器維持に協力しています。原発は「核兵器保有の潜在的能力」(石破茂)として1954年故中曽根康弘議員と当時の鳩山一郎内閣により導入され、そのために原発をやめることはできない、国家目的として原発の第一優先を貫き、被曝被害を無視し、被曝防護もしないで、被曝を強制するのです。
「個」の尊厳に基づく憲法とは相容れない「施策」が強行されているのです。国家目的あるいは産業組織の目的のために、個人個人の意思に反して(被曝させても良いですか?と了承を得ることもなしに)被曝の結果被る健康被害や死亡という人格権の破壊を「捧げさせる」憲法違反の被曝強制を「制度化」している思想による実践基準精神がICRPなのです。

§2  ICRPの基本理念―防護3原則
ICRPの基本理念を端的に表現しているのは「防護3原則」です。
第1原則は「正当化」、第2原則は「最適化」、第3が「線量限度」。いずれも功利主義による原則ですが、特に原発産業の反民主主義の哲学を表すのが第一原則です。

(1)人格権と産業営業権を比較する

正当化は『「活動が活動の結果生じる害より大きな便益をもたらす」ならば、その活動は正当化できる』、というものです。

① (異なった概念を天秤に掛ける:人格権と営業権)
主要な害は被曝であり、健康被害あるいは死を含みます。憲法上の人格権に属する事項です。対する「(被曝リスクを伴う)発電活動」は産業の営業権に関するものです。人格権と産業の営業権を比較しているのです。比較にならない異質な概念を天秤に掛けるという奇妙な比較を行います。

② (原発:核産業最優先:功利主義)
功利主義(功利・効用をものごとの基準とする考え方。実利主義。)」そのものを露骨に表しています。外のあらゆる社会的概念は、人格権が侵害された場合、侵害する原因行為等を排除いたします。しかるに原発産業は逆に「公益」が勝るときは人格権侵害が許される、すなわち、人格権を破壊する産業行為が許されることを宣言しているのです。

ちなみに、大飯原発再稼働差し止め裁判で、樋口英明裁判長の下した判決の一文は次のようなものです。「原子力発電所は、電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが、原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条)、原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである」。この判決はICRP哲学についてでは無く原発再稼働についてですが、原発と人格権について明瞭な判断を下しているのです。

(2)国家目的・組織のために命を捧げよー人格権の剥奪
ちなみに人格権については侵略戦争が敗北した後にできた新しい憲法によって初めて日本国民に与えられた権利です。「二度と戦争による犠牲は生じさせない」という人々の誓いによって達成された基本的人権なのです。日本国憲法では人格権を有する個人は、国家による戦争、産業行為、その他あらゆることに優先して保障されると規定されています。日本国憲法第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

ICRP防護第一原則は、利益が大きければ個人の犠牲は許されると述べます。
ICRP防護第一原則は憲法違反の概念であり、このことは原発産業を「人格権を侵してでも営業できる」と認めているのです。あらゆる産業は、産業の営業行為でシステム的に人格権の破壊を生むことなど許されるはずがないのに、原発産業の営業のためには個人の犠牲はやむを得ないと主張しているのです。明らかに憲法と相容れない国家目的のために、核産業という組織のために犠牲を住民に押しつけ、人格権の剥奪を制度化しようとしているといえます。

(3)ICRP哲学―原発維持・国家目的遂行の仕組み
①(ICRP哲学の本質)
第一原則は異次元の事柄を比較しています。それはICRPの哲学には「産業行為を停止する」という選択肢が無いことを前提としています。一見、リスクと公益の比較を求めているポーズを取りますが、核産業維持のための開き直りを「原則」と呼称しているものです。核産業維持を前提にし、核産業廃絶の選択肢は金輪際ないのです。

②(リスクの量的判断)
全く異なった概念を天秤に掛けているのですから、「害」の評価の仕方は判断者の全くの自由裁量であることになります。原発産業防護・国家目的遂行のためにICRPが必要と判断したら、基準などどうにでも変えられるのです。否、「原発産業防護・国家目的遂行のために基準を変える開き直り」が2007年勧告なのです。事実上の防護基準を引き上げることは、「原発産業の生き残るための開き直り宣言」なのです。


§3 高汚染地域に住み続けさせるための基準変更のプロセス
(1)IAEA1996年「チェルノブイリ10年後」会議
チェルノブイリ事故が1986年4月に生じました。汚染地の住民の健康を巡って、住民の健康を守る立場(地元研究者、医師など)と健康被害を認めない立場(国際原子力ロビー)の対立が露わに表面化し、科学的立場さえ2極化されました。
国際原子力ロビーとは「原子力産業の存在をおびやかしかねない状況に対し、世界の原子力産業を支えるために巧みに働きかけを行っている組織」をさして言う通称です。 原子力ロビーの構成は、国際原子力機関:IAEA、国際放射線防護委員会:ICRP、および原子放射線の影響に関する国連科学委員会:UNSCEAR、といわれ、それに1959年の協定により放射線被曝の分野でIAEAに服従するところとなった世界保健機構:WHOを加えるの通例です

IAEAが核戦略と原発推進の統括機関の役割を果し、その傘下でICRPは放射線防護を標榜する民間団体なのです。この時国際原子力ロビーは「健康被害は認められない」として唯一小児甲状腺がんのみを健康影響として認めました。
1996年、住民の健康被害を認めない立場を明らかにしていたIAEAが会議を開いたのです。そして1950年から70年掛けて到達した防護基準「公衆に対しては年間1mSv」等を「事故が生じたら」と称して一挙に事実上破壊し、防護基準を引き上げる道を開いたのです。

IAEA1996年「チェルノブイリ10年後」の会議で決定した最重要事項は「被曝を軽減してきた古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。住民が永久的に汚染された地域に住み続けることを前提に、心理学的な状況にも責任を持つ、新しい枠組みを作り上げねばならない」でした。それを受けてICRPが「住民が汚染された地域に住み続けるための基準」を作成したのが2007年勧告なのです。

§4 ICRPの適用方法論―最適化と『社会的・経済的』要因―
(1)防護第2原則「最適化」
防護第2原則「最適化」は第1原則の「原発産業防護・国家目的遂行」を絶対条件とする枠組みでの「住民への被曝強制」のシステムです。最適化は「いかなるレベルの防護と安全が、被ばく及び潜在被ばくの確率と大きさを、経済的・社会的要因を考慮の上、合理的に達成可能な限り低くできるかを決めるプロセス」と規定されます。
住民への被曝防護を「社会的・経済的要因」を考慮して行え、というものです。すなわち、国家財政が破綻しないようにそこそこに、企業が破産しないようにそこそこに、「社会的・経済的」条件優先で行え、というものです。功利主義を露骨に主張している「原則」です。

(2)科学的装いの『社会的・経済的』基準―ICRPは科学としても成り立たない
ICRP体系について科学の目で検討するならば、まさに「科学以前」のシロモノです。

<1>自ら決めた定義を守ら無い体系
ICRPは自ら定義した「吸収線量」の定義さえ守らず「照射線量」と混用しています。吸収線量の定量的判定をめちゃめちゃにし、逆にそれを利用したご都合主義的適用がまかり通っています。医療現場などに便宜を与えるかもしれませんが、科学的にはハチャメチャな影響を与えます。

<2>科学の根底「因果関係」記述形式を否定する
さらに「生物学的等価線量」などの概念は科学としてみると因果関係を否定し、出力(被害)の大きさを「入力が大きい」として取り込み、因果関係の既述形式を破壊しています。これにより被曝の物理的プロセスである「電離⇒分子切断」の集中度や時間継続・蓄積をブラックボックスに包み、科学探求不能にしているのです。

<3>示強変数を示量変数のごとく加算する
実効線量『組織加重係数』など、規格化された示強変数を示量変数として扱い、数学的基本原則さえ無視している。これらにより放射線被曝の「吸収線量」そのものを魑魅魍魎の世界に堕落させ、健康被害を非常に狭い範囲に過小評価し、最新の健康科学を排除しているのです。等々がICRPの反科学性を示しています。

<4>内部被曝と放射線被害を過小評価するための反科学
全て「内部被曝」「放射線被害」を過小評価する手段と結びついています。ICRP体系は放射線の実態を示さず目くらましをする体系としての本質を持つものです。科学的にも「被曝防護」を目的とせず、原発維持の目的のために人々の認識を歪ませるものです。ICRPの非科学性は、彼らに都合の良い「社会的・経済的」要因を優先させるICRP哲学のエッセンスなのです。

§5 ICRP勧告を我が国法令に導入させてはならない。
私たちは、人格権を尊重するならば、憲法を基礎とする考え方でも、実際の放射線防護に於いてもICRPを受け入れてはならないのです。私たちの基本姿勢は「ICRP146」を検討するのでは無く、事故の際でも防護基準を2007年勧告以前の年間1ミリシーベルトに戻すことをさせないといけません。ICRPは原発産業を守ることを任務としているのですが、そのICRPの拒否している選択肢「原発の全廃」を進めなければならないのです。ましてや、ICRP2020勧告を法令に採り入れ、積極的に憲法違反の法令を作り上げることは許されません。

§6 政府・核産業のためで無く真に住民を守る『放射線防護政策』を
(1)原発維持のための法令基準
原発推進政府から推薦される委員で構成される一民間団体(ICRP)に人格権の破壊基準を作り上げさせ、「勧告」と称して政治に取り入れる原発維持・推進のための『自作自演プログラム』をやめさせねばなりません。

(2)人格権を守る低線量基準ときめ細かい施策
このことと、被害者が「今までどおりに故郷に住み続けたい」、「壊された社会関係/人間の絆を元のように保ちたい」という人格権に基づく要求を両立させることはとても難しいのです。しかし「住み続けるためには放射線被曝はどうでも良い」、「高い防護基準にしてもらわないと住み続けられない」という短絡した考えをしてはなりません。この考えはむしろ「原発推進権力」により吹聴され組織化されてきたのがチェルノブイリ事故以来の実情です。

百歩譲って、「被曝の危険を冒すのも各個人の選択肢」とするならば、防護基準は低線量:1mSvに保ちつつ、きちんと原発の全廃を前提にすべきです。もちろん、被曝被害の予防医学的処置、治療費などは全額保障すべきです。また汚染地に作物を作らず、全国に流布せず、被曝の再生産をすべきではありません。「食べて応援」は共倒れです。応援しないで済む保障を国家がすべきです。基本的人権の立場で生産者・消費者共通の命を守る要求をしましょう。
同時に「被曝を避けて移住する」権利をきちんと保障しなければなりません。保障するということは国と東電が移住先も経済的にも職業的にも本人の希望に基づいて保障することです。もちろん高汚染地帯に住み続ける人々に対しては年間1ミリシーベルト以下になるように食料の保障と生活の保障をしなければなりません。福島県内からだけで無く、他府県からの避難者も全面的に支援しなければなりません。

§7 ICRP146の特徴
ICRP Publication 146はICRP2007勧告(同103)を基本にしながら、福一事故後の諸対応を総括し、より事故時に対応しやすくしているのが特徴です。例えば、2007勧告では緊急時に参考レベルを「20mSv~100mSvの範囲で選択」となっていたところ、さらに低い参考レベルを選択する可能性を言及し、より低い事故レベルの事故に対応させようとしていますが、対象とされる線量自体が大きな値を持つものです。
2007勧告では、職業被曝―作業者、公衆等と分類していたモノを「対応者」―オンサイト、オフサイト、公衆等と分類を再編しし、それにより対応者―オンサイトには、より高線量(100mSv)を容認する道を開いています。この「対応者だから高線量まで良い」という考えは典型的な憲法違反です。その様に高線量被曝を必然化しないとやっていけない産業そのものは存在を許してはならないのです。

公衆には、年間1mSv の被曝基準を永久のかなたに追いやる100mSvを緊急被曝状態での参考レベルとし、長期の努力目標とし、1mSv~20mSvの間で決めるように勧めています。「長期段階」で「1~20mSvのバンドの下端に向かって徐々に被曝線量を減らし・・」の表現は、期限も切らずに20mSvをあたかも低い線量であるかのように取り扱い、永久に1mSv以上の高線量に住み続けても何の問題も無いという設定です。住民被曝に何の責任感も無い線量既定です。

ICRP2007勧告は、IAEAが「被曝を軽減してきた古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。」としている「古典的放射線防護」を、典型的に「高放射線領域まで防護せず、制限せず」という放射線被曝限度を引き上げることでもっぱら対応しているのを、ICRP2020新勧告では全て継承し発展させ、適応を具体化しているのです。

この2020勧告を始め2007勧告以降のICRP文書をそのまま容認するわけにはいかない。少なくともICRP2007年勧告以前の被曝限度を継続する条件で、他の必要な社会問題対応の指針を編成すべきことを主張する。

最重要は、2020年勧告を我が国の法令に導入することを止めさせ、ICRP体系を差し止め、住民保護をそれ以前の「計画被曝」の線量限度を守ることと、巨大な社会破壊を生じさせる原発を廃止する哲学に変えることを主張する。

(つなごう命の会 矢ヶ﨑克馬)










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