伝承館はこれで良いのか(その2)

海渡雄一弁護士がフェースブックに上げた記事を掲載の了解を得られたので以下掲載する。

『伝承館はこれで良いのか』は以下ご覧ください。
https://nimosaku.blog.ss-blog.jp/2020-09-30
この記事はICRPの国際会議(12月1日~4日にWebにて開催)の質問を通じて館長である高村氏にも読んでもらっている。彼からは今後検討する(参考とする)との回答を得ている。

    ---以下転載ーーー

いわき、富岡、双葉、南相馬、福島の旅
第二回
福島県立東日本大震災・原子力災害伝承館展示の問題点と克服のための課題
                            海渡雄一
第1  伝承館にたどり着くまで
19日に訪問した福島県立の「東日本大震災・原子力災害伝承館」の見学の感想を書きます。この伝承館は今年の9月に開館しました。伝承館は、福島県双葉町の海岸にあります。福島第一原発からの距離は、グーグルアースでの目測ですが、およそ4キロ弱程度の近さです。
行く方法としては、私はいわきで「ひたち」号を降りて車で常磐道を北上しましたが、そのまま常磐線の普通列車で双葉駅まで行き、双葉駅からシャトルバスで行くという方法もあります。

常磐道で広野町・楢葉町を過ぎて、富岡町に入ると風景が一変します。帰還困難区域がまだあり、ほとんど人々が暮らしていないところだからです。しかし、緑の幌をつけたトラックは大量に走っています。除染で地表をはいだ汚染土を中間貯蔵施設へと運ぶトラックです。
大熊インターでは、数十台のトラックが集結していました。オリンピックまでに汚染土を運べという指令が出しなおされているのかもしれません。大熊インターを降りて、伝承館までのルートは帰還困難区域の中を走りました。たくさんの家々が朽ち果てています。時間がたち、朽廃の度合いは深まっています。

ドライバーのYさんにお願いして、常磐線の双葉駅に寄ってもらいました。常磐線の駅の周りだけは、きれいに整備され、駅にはカフェまでが作られていますが、一歩離れると、そこは3.11の10年前に止まったままの世界です。
伝承館の内容にはいろいろ疑問がありますが、この景色を眺めるだけでも、伝承館に行くことには意味があると思います。もちろん、被ばくは覚悟ですから、未成年の方には私は薦めませんが。

第2 展示の内容の概観
1 展示の内容
伝承館につきました。すぐ隣に双葉町の産業交流センターが建設されており、その屋上に上がってみました。
ここからみえる森の向こうに、原発の排気塔が間近に見えます。請戸の浜からも見えましたが、うんと近く見えます。ここに伝承館を作ることにした理由については、この原稿の最後に検討することにします。
まず、批判するにしても、どんな展示がなされているかを確認する必要があります。
ウェブで見ることのできるリーフレットに、展示の写真がたくさん掲載されています。これら沿って展示内容を概観することにします。
「プロローグ
1 災害の始まり
2 原子力発電所事故直後の対応
3 県民の想い
4 長期化する原子力災害の影響
5 復興への挑戦」

「伝承館の基本理念BASIC IDEA」はそのホームページには次のようにまとめられています。
「世界初の甚大な複合災害の記録や教訓とそこから着実に復興する過程を収集・保存・研究し、風化させず後世に継承・発信し世界と共有することは、被災を経験した人々の共通の想いです。「東日本大震災・原子力災害伝承館」では、特に福島だけが経験した原子力災害をしっかり伝えることとし、以下の3つの基本理念を掲げます。
1)原子力災害と復興の記録や教訓の『未来への継承・世界との共有』
2)福島にしかない原子力災害の経験や教訓を生かす『防災・減災』
3)福島に心を寄せる人々や団体と連携し、地域コミュニティや文化・伝統の再生、復興を担う人材の育成等による『復興の加速化への寄与』」

2 批判的意見を封じる語り部の方々へのギャグオーダー
伝承館の呼び物として「フィールドワーク」や「語り部講話」なども行われています。当日は、津波被害の語り部講話が行われていました。しかし、伝え聞くところによれば、「語り部」に対しては、特定の機関・組織に対して非難するようなことは言ってはならないというかん口令が敷かれており、「東電」と「国」への批判は言ってはならないとされているようです。もし、そのようなことがあるとすれば、この点は、「語り部」個人の表現の自由を侵害しているといわざるを得ません。この点については、語り部となった人たちの一部からは不満の声も聞かれるということです。

「東日本大震災」は自然災害ですが、これと同時に発生した「福島原発事故」は、政府機関である「地震調査研究推進本部」による、福島県沖合でもマグニチュード8.2程度の津波地震が起こりうるという警告に対して、東電は最高幹部も列席した御前会議でいったんは津波対策の実施を決断しながら、数百億円に達する工事コストと、対策工事実施を公表したときに原子炉の停止を求められるリスクから、対策を先送りしたという明確な過失によって起きた人災です。これらの主要な事実経過は、政府事故調も国会事故調もはっきりと認めていました。そして、この事故について、東電と国に法的責任があることは既に多くの損害賠償訴訟の判決で明確となっていることです。

ことしの9月30日には地裁レベルではなく、事実審最終審である仙台高裁で、東電と国が断罪されたことは第一回に書いたとおりです。高裁の事実認定は最高裁も原則として変更できません。
伝承館語り部への言論抑制は、この事故は東電と国の責任であるという、多くの裁判所も認めているあたりまえの事実を述べることすらできない場に変えてしまっているといえます。

第3 展示の問題点
1 館の名称への疑問
まず、館の名称である「東日本大震災・原子力災害伝承館」に疑問があります。起きたのは、「原発事故」です。これが自然災害のようにとらえられています。この伝承館は「防災・減災のための教訓」と言いながら、その最初の名前の段階から、間違っているといえます。

2 設立の理念とその目標があいまいである
この伝承館では、原発事故が自然災害のようにとらえられていることは述べました。
「混合災害」概念が使われていますが、「混合災害」という言葉は聞きなれません。「原子力災害」は結果であり、福島原発事故を「事故」としてとらえて、その原因と再発の防止策を考えるという姿勢がないのです。地震が引き金となって起きる原発事故は神戸大学の石橋教授(後に国会事故調の委員に選任されました)によって「原発震災」と呼ばれ、地震などの自然事象に対する原発の安全性を高めるよう、検証が鳴らされてきました。このことを踏まえて将来にどのような教訓を残すのかを伝承館は語るべきです。

3 原因と再発防止策の検討が放棄されている
以上の帰結として、事故の原因の分析と事故を再発させないために、原発という技術にどのように対処すべきかという視点が、見事に欠落しています。政府事故調や国会事故調で認められた、事故原因に関する重要な事実すら、この伝承館にはまとめられていません。すべての情報が断片的で、この展示を見ても、「大きな津波が来て怖かった。」「避難に苦労し大変だった。」ということはわかりますが、原発事故を繰り返さないための教訓は何も得られないでしょう。

4 原発事故による直接的な人命被害である「双葉病院事件」「請戸の浜事件」「多くの自死事件」などが全くと言っていいほど取り上げられていない
双葉病院の避難の過程で多くの方が亡くなられたことは、かろうじて展示の中で紹介されていますが、放射能に阻まれて、避難活動が何度も中断された壮絶な被害の事実はきちんと語られているとは言えません。
津波被害で生き埋めにされていた多くの人々が12日早朝の5キロ圏退避の政府勧告によって、救助活動に取り掛かることすらできず、見殺しにされた請戸の浜の悲劇は、河合さんと一緒に作った映画「日本と原発」の最重要エピソードですが、このことも全く取り上げられていません。
自死事件で、東電が敗訴したり、謝罪して和解したケースなども取り上げるべきです。

5 国や県の誤った判断により、スピーディの情報が共有化されず、よう素剤の配布などもなされなかった。
このことにより、誤った方向への避難、避難時期の遅れ、よう素による内部被ばくなどを招き、無用な被ばくを住民に強いた。このことも、争いのない事実であるにもかかわらず、この展示においては、全く触れられていない。

6 健康被害について、すくなくとも、小児甲状腺がんが放射線被ばくに起因するのとする意見があることすら、全く紹介されていない
最近も、ネイチャーやサイエンスなどの世界的に評価の定まっていて査読を経た論文が掲載される学術誌に、甲状腺がんの福島県内の各市町村ごとの発生状況と、各市町村ごとの放射線被ばく量との間には相関関係が認められ、因果関係は否定できないとする研究成果が複数掲載されています
(① Relationship between environmental radiation and radioactivity and childhood thyroid cancer found in Fukushima health management survey
H. Toki, T. Wada, Y. Manabe, S. Hirota, T. Higuchi, I.Tanihata, K. Satoh & M. Bando、 Nature Received: 30 September 2019; Accepted: 18 February 2020;、
②Association between the detection rate of thyroid cancer and the external radiation dose-rate after the nuclear power plant accidents in Fukushima,Japan
Hidehiko Yamamoto, MD, Keiji Hayashi, MD, Hagen Scherb, Dr rer nat Dipl-Mathc、medicine Received: 22 February 2019 / Received in final form: 17 August 2019 / Accepted: 21 August 2019)。

展示には福島県健康調査のことは紹介されていましたが、あくまで念のためにやっていることとされ、安村誠司による、被ばくと発症とは関係がないというビデオだけが流され、このような重要な見解を紹介することはネグレクトされています。このような展示は、あまりにも一方的なものであり、フェアなものとは言えません。

7 帰還困難区域のど真ん中に高校生の修学旅行コースに推奨する施設を建設する神経がわからない
放射線の無用な被ばくは、健康リスクを下げるためにできる限り避けなければなりません。「どんな小さな線量の被ばくにもリスクはあり、できるかぎり被ばくさせない」ということが、健康被害を防止するための基本です。
この施設が建設された場所は原発から約4キロ、完全な帰還困難区域のど真ん中です。常磐線の双葉駅からシャトルバスで行くことはできますが、道路の両側の区域にはゲートが設けられ、立ち入り禁止となっています。車中からも多くの朽ち果てた家がみえます。
この朽ち果てた双葉町の情景そのものが、私たちの失敗のシンボルとして将来へ伝承しなければならない風景だと考えられたうえで、この立地場所なのかとも考えましたが、そうではなさそうです。

復興庁は、全国から被災12市町村に移住する世帯には、5年以上の居住と就業を条件に最高で200万円を支給する方針を決めました。なんとしても帰還困難区域とされた場所にも人を戻したいのでしょう。高線量地帯に人を戻していくプロジェクトの先兵として、この伝承館が作られたように思われるのです。
それを裏書きするように、当日、この伝承館の隣にある「双葉町産業交流センター」で、内堀福島県知事、加藤官房長官、伊澤双葉町長も列席して、「福島イノベーション・コースト構想シンポジウム」が開催され、伝承館にはそのサテライト会場が設けられていました。
全部は見ることができませんでしたが、ロボット、大熊町のイチゴ栽培、ドローン、じゃんがら念仏踊りなど多様なテーマが取り上げられ、高校生たちによる復興実践の紹介もされたシンポジウムでした。

思い返してみれば、福島県、双葉町、大熊町は原子力が明るい未来を拓くと信じて1960年代に原発を受け容れて、原発に大きく依存した地域開発を行ってきました。それが、福島原発事故で破綻したのです。次はロボットとドローンというのでは、あまりにもご都合主義ではないでしょうか。

伝統を大切にすることは大切なことです。この地域で生きていこうとする人たちの、次の生業をどのようにして選択するのか、これを考えることも否定しません。しかし、原発事故で廃墟と化した地域のど真ん中で、「イノベーション・コースト」を叫ぶ神経が私にはわかりません。「邪悪な意図」を感じてしまうのは、私のひがみ根性の故でしょうか。
まず、私たちはどこで選択を誤ったのか、次に同じ過ちを繰り返さないためには、何をしてはならないのか、しっかりと考えてから「次」に取り掛かるべきだと思います。

第4 今後の課題と方向性
1 福島原発事故からどのような教訓を引き出すかをめぐる闘い
 福島県と国は、この伝承館に全国から多くの高校生たちを呼び込む計画です。この伝承館は、福島原発事故の教訓を誰がどのようにして語り伝えるかという歴史を刻んでいく作業に関する、熾烈な闘いの最前線なのだと感じました。
 私たちの課題は2つの方向性に向かうべきです。

2 この伝承館をどのようにして改善していくか、何が可能か
1) 少なくとも政府や東電が認めている範囲の事故前の経過はきちんと掲載するべきです 
この伝承館の設立には53億円もの予算が使われています。このままの展示を続けさせるのではなく、内容の改善を県民・関心を持つ市民が県に求めるべきです。
 まず、政府事故調報告や国会事故調報告に記載されている事故前の経過くらいはきちんと説明するべきです。
さらには東電が2013年にまとめた安全改革プランには,次のような記載もあります。
「2002年に,地震調査研究推進本部(推本)の「長期評価」が発表され,これは「福島県沖の日本海溝沿いも含めて津波が発生する可能性があるというこれまでと異なる新しい見解」であり,「福島第一,第二原子力発電所の設計条件となる津波高さが増すことは容易に想像され,より高度な津波高さの予測方法を得ることが必要と考え」られたとしています(同16頁)。

 「2002年の土木学会の津波評価技術が定まった以降,津波に対して有効な対策を検討する以下の様な機会があった。①2002年に地震本部から「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでも M8.2級の地震が 発生する可能性がある」という見解が出された時 ②2004年のスマトラ島沖津波が発生した時 ③2006年の溢水勉強会に関連して津波影響を評価した時 ④2008年の福島県沖に津波波源を置いて試計算を実施した時土木学会の検討だけに頼らず,自ら必要な対策を考えて電池室の止水や予備電源の準備等の対策が実施されていれば,今回の東北地方太平洋沖地震津波に対しても一定の影響緩和が図られ,大量の放射性物質の放出という最悪の事態を防げた可能性がある」(17~18頁)。

「安全担当部門は,原子力の安全設計において一般に無視して良い事象の発生頻度は100万年に1回以下であるのに対し,建設直前の1960年に発生した津波を最大と想定したことを課題と認識」しなかったとし,また,津波評価担当部門は,東日本の太平洋における津波の調査期間は400年程度であるが,再来周期がそれよりも長い津波について原発の設計上の安全余裕によってカバーできると考えていたが,この点は「津波という不確かさが大きな自然事象に慎重に対処するという謙虚さが不足した」(18頁)。

このように、東電みずからが津波対策をとっていれば事故を防ぐことができたはずであると事故後の安全改革プランの中で述べているのです。この程度のことを伝承館の展示に書いていけないはずがありません。
福島県立伝承館の現在の展示方針は、東電と国に対する過剰かつ異常な忖度の産物だといわざるをえません。
2)子ども甲状腺がんと被ばくの因果関係について、専門家の間でも意見が分かれていることは銘記すべきです。
また、子ども甲状腺がんについて、事前の予測をはるかに上回る発症が起きており、被ばくとの因果関係について専門家の間も意見が分かれていることを、きちんと展示に書くべきです。

高村昇館長は、HPに次のようなあいさつを寄せています。
「令和2年4月1日付で、東日本大震災・原子力災害伝承館の館長を拝命いたしました、長崎大学の高村昇です。
私は、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故直後から福島県に入り、県民の皆様に放射線被ばくと健康影響について、科学的な見地から説明を行ってきました。またその後は事故によって避難し、その後いち早く帰還を開始した川内村や、隣接する富岡町の復興支援にも携わってきました。

2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故から、間もなく10年を迎えようとしています。この10年間、福島は地震、津波そして原子力災害からの復興、という極めて困難なミッションに向き合ってきました。
2020年9月に開館した伝承館は、福島が復興に向き合ってきた「証」を、アーカイブ(資料)として収集、保存、展示することを目的としています。さらに伝承館は、福島の過去から未来に亘って得られる様々な知見を、国内外の方々が学ぶことができる「知の交流拠点」としての役割を果たしていきたいと考えています。またこのような活動を通じて、伝承館は「福島イノベーション・コースト構想」の一翼を担っていきたいと思います。」

「知の交流拠点」というような、歯の浮くような言葉が語られていますが、高村氏は2011年3月19日に福島県知事佐藤雄平の要請により、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに山下俊一教授とともに就任し、3月20日いわき市、21日に福島市、22日に川俣町、23日に会津若松市、24日に大玉村、25日に飯舘村、26日に郡山市、30日に白河市、31日に田村市で巡回講演を行い、「福島における放射線による健康被害はない」ことを強調した方です。

「福島原発告訴団」は、2012年6月に業務上過失致死傷と公害犯罪処罰法違反の疑いで、東電役員らとともに当時福島県放射線健康リスク管理アドバイザーであった神谷研二氏、山下俊一氏、高村昇氏も、刑事告発の対象としていました。よう素被ばくを軽視し、よう素剤の配布をさせなかったこと、被ばくに健康影響はないなどと福島での講演を繰り返し、被ばくに対する防護の油断を招き、事故に起因すると考えられる多数の子ども甲状腺がんを発生させた可能性があります。このような人に、伝承館の館長を続ける資格があるでしょうか。

3 伝承館に代わる民間の真の伝承館を作るべきです
 県の異常な姿勢を改めさせるのには、かなりの時間と労力が必要でしょう。それを待つだけでは能がありません。伝承館に代わる民間の真の伝承館を、私たちの手で作り上げることが大切な目標ではないでしょうか。
また、このようなオルタナティブ・ミュージアムを作ることで、この展示の異常性を浮かび上がらせることができます。
 場所さえ見つけられれば、展示自体を作るためには、53億円の費用はいりません。10分の1、50分の1の費用でも、それなりに意義のある展示はできるはずです。

民間で作られた優れた映画、ビデオなどを継続的に上映することもできるでしょう。なんとしても、このようなもう一つの博物館・オルタナティブ・ミュージアムを作るために、企画を立て、サイトを探し、お金を集める作業を始めてはどうでしょうか。議論を始めることを呼びかけます。


コメント
Yuichi Kaido
私の投稿をたくさんの方がシェアしていただき、うれしく思います。この伝承館は絶対に認めてはだめです。帰還困難区域を抜けて、原発のすぐ近くまで行くのは勇気がいりました。未成年の方の見学は私は奨めません。でも、「原子力災害」ではなく、「福島原発事故」を正しく語り伝えるためには、この展示を行い、語り部の口をふさぐ指令をしている「原子力ムラ」の末裔たちと闘わなければなりません。私たちの経験した正しい「福島原発事故と双葉病院と請戸の浜の歴史、政府によって強いられた被ばくの歴史」を語り伝えなければなりません。












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