裁判所が犯した7つの大罪

東電と国の責任を問う刑事裁判で裁判所が無罪とした事に対する
裁判所が犯した7つの大罪について論じた『論座』の一部を転載。

まさに福島県民を愚ろうする裁判所を認めるわけにはいかない。
原告の一人としても、この裁判を支援し続ける。

全文は以下をご覧ください。
https://web.smartnews.com/articles/hvEecVs4fK1?fbclid=IwAR2qHdiyIYpCSBEgXs3sRpO09upOg6MrXi8hAaDLqzIjY0nMLYXzu1iMGtw
以下は再度の7つ目の大罪の記事を転載

7 傍聴人や被害者、被災者を敵視し、不都合な証拠には目をつむり、気に入った証拠だけをかき集め、不公正な事実認定をした罪

思い返せば、この裁判は始まりから異常であった。傍聴のために福島から駆け付けている市民をまるで暴徒でもあるかのように、所持品をすべて取り上げ、傍聴席と法廷の境界に屈強な衛視を何人も立たせて、廷内を威圧し、被告人らを暴徒から防衛するかのようにして審理はすすめめられた。指定弁護士が強く求めた原発現地の検証も一切実施しなかった。東電・国に対する民事損害賠償事件を審理している裁判所の中には検証を実施したところもあるのに、被害の現実と全く向き合おうとしなかった。

検察審査会の強制起訴事件では、証拠が足りず、有罪判決を得ることがむつかしいと説く論者も見られる。確かに、もともと検察がきちんと捜査していない事件は、裁判を遂行するのは難しいかもしれない。しかし、今回の事件では検察は起訴前提で捜査を完了させていた。不起訴決定後に作られたおかしな証拠もあった。普通の検察官ならこういう証拠は開示しないだろうが、検察官役の石田弁護士たちは、すべての証拠を弁護側に公正に証拠開示した。フェアな裁判を行おうとしたのである。

だから、この事件は、裁判官がまともであれば、有罪の結論しかなかったはずだ。誤った判決の結果は、端的に裁判所がおかしかったためであると私は考える。裁判所は、勝手に争点をすり替え、自分に都合の悪い証拠は無視し、都合の良い証拠だけをかき集めて支離滅裂な事実を認定し、原発に求められる安全性のレベルをうんと切り下げた。その結果が、この無罪判決である。このような裁判所にあるまじき不公正な審理態度こそが、最後の7つ目の大罪である。

私はこの不公正極まりない判決を絶対に認めることができない。私は、控訴審においても指定弁護士たちを全力で支え、かならずやこの判決を覆さなくてはならないと考えている。

日本の司法が危機的な状況であることは間違いない。しかし、私は司法の中に身を置く一弁護士として、司法はまだ生きている、良心を失っていない裁判官は残っているはずだ、この判決を糺すことは可能であると信じたい。

私たちはあきらめはしない、正義を今、求めるこの手に。








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