人生二毛作の田舎暮らし

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zoom RSS 原発を語るとき・・・

<<   作成日時 : 2011/10/20 15:05   >>

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野田総理が国連で演説した原発再開の演説は
現在の福島原発の収束も図れず
事故原因究明も総括も実施せず
そしてふくしまの子ども達や県民の命を
そして日本国民の心を踏みにじる暴挙!!

福島の子たち親たちを棚に上げて
彼には原発を議論する資格はない!!
『原発を語る事の恥ずかしさ』が理解できていない

以下のようなメールを受信したので紹介したい


『昨日「通販生活 秋冬号」が届きました。
そのカタログが入っていた封筒に
書かれていたメッセージです。


ー原発を語るときー

廃止論であろうと
再開論であろうと
原発を語るときは
心を福島に置いて語る習慣を身につけよう

福島でつくられた原発電力は
東京で消費されたから
つまるところ
福島の子たちは
東京の子たちの身代りになった
福島の親たちは
東京の親たちの身代りになった

大阪で消費される原発電力は
どの県でつくられているのだろう

五年後の甲状腺ガン
十年後の白血病が
春夏秋冬気にかかる

福島の子たち親たちを棚に上げて
原発を語ることの
恥ずかしさよ』




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「原発を語るときは、心を福島に置いて語ろう」全くその通りです。もっと踏み込むなら心だけでなく体も置いて欲しいものです。いやそうすべきです。人の命にかかわる大事な問題は遠い彼方で議論するものでは無い筈です。例えば戦争。戦争を決断するリーダーは我が子を真っ先に戦場に送る覚悟が必要です。そうしてまでもやらなければならない、その決意無くして国民に犠牲を強いたり、国民を説得する事など出来ません。原発も同じです。議論するなら、みんな追い出されてしまった強制避難地域の空っぽのレストランでも借りて、防護服を着ながらしましょう。だったらわたしは喜んで参加します。遠くの猿山で吠えて喜ぶようなレベル、幼稚な議論や主張はいりません。
3、11以後の国民は以前と同じではない筈です。同じになれる筈がないのです。
同じだったら、犠牲者は…、もう一度悲しむでしょう。もう一度苦しむでしょう。
梟の次郎
2011/10/20 18:21
『心だけでなく体も置いて欲しいものです』
まったくその通りです。
原子力安全保安院、原子力安全委員会等は
福島に置くべきです。
野田総理は最低でも1ヶ月に1回は福島に
来るべきです。まして、細野原発担当大臣の
大臣室は福島に置くべきです。

ただ、放射能の影響が比較的低い地域では
今回の原発事故を忘れてしまっているのが
現実です!!

ゆうゆう
2011/10/20 23:35

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